きざで嫌味な鼻持ちならない探偵といったら、この小説に出てくる主人公ファイロ・ヴァンス。天才的超人、大金持ちで貴族趣味、博識でペダンチック、フェンシングの達人でゴルフはプロ級の腕前、ポーカーの名人などなど。どちらかと言えば、ユーモア・ミステリかパロディ作品の主人公にふさわしい人物である。
探偵の手法は心理分析である。芸術家の作品にその個性が現れると同じように、計画的な殺人には犯人の個性が現れる。その犯罪に印されている心理的な痕跡を分析すれば、犯人像を描くことができ、ついては犯人を指し示すことができるともっともらしく説く。
しかし、もったいぶった大げさなこの探偵を気にしなければ、本作品は知的なパズル・ミステリとして大いに楽しめる。ヴァン・ダインはスタイリストらしい形式主義、完璧主義で、ストリーの進め方から会話や行動の細部にいたるまで注意を行き届かせている。証言や証拠の提示、伏線のはり方、誤った方向への誘導、トリックの使い方、犯人像とその動機の説明など、よく計算され精巧に構築している。
この作家は長篇ミステリを12冊書いたが、前期の6冊はよくできていて、後期の6冊は後になるほど水準より劣る作品になった。(仁賀克雄)そして、多くのミステリイ評論家が話すとおり、特に優れているのが「グリー家殺人事件」と本書である。この評価は、不思議と大方一致している。というのは、この両作品に共通しているのが、連続して起こるたくさんの殺人とその不気味な犯人像である。これが読者に強烈な印象を与え、忘れがたいものとなっているのである。
[4回]
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ドイルのホームズを少しさかのぼると、ミステリの創始者エドガー・アラン・ポオのディパンに行きつく。探偵ディパンの登場する第一作は短篇「モルグの殺人」である。
パリのサン・ロック区のモルグ街にある家屋の四階で事件が起きる。部屋の中では、煙突の中に逆さまに押し込まれているレスパネー嬢の死体が発見された。しかも殺人のあった部屋は密室になっている。また、中庭では首も胴も無残に切りきざまれたレスパネー老婦人の死体がころがっていた。
この異常な犯罪に取り組むのが、天才型の探偵オーギュスト・ディパンである。彼は分析的知性をはたらかせ、新聞記事や関係者の証言、現場の観察などをもとにして事件の謎を推理する。
この短篇小説は始めから終わりまで一気に読ませる。最後の一行を読み終えて「何という小説なのだ」と驚嘆する。読者に与える効果が計算され、実にたくみに語られた作品なのである。
「ポオの探偵小説は厳密には三編、広く考えても五編しかない」(江戸川乱歩)その五篇とは「モルグの殺人」「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」「黄金虫」「お前が犯人だ」の五つである。
さらに彼の他の作品をも読んでみると、怪奇幻想や戦慄恐怖の物語とともに、ミステリ味のある話や奇妙な味のある作品がたくさんあり、それがまたおもしろいのである。創元推理文庫「ポオ小説全集(全四巻)」でみると、65の作品が収められている。まだ読んでない人は幸せである。これからそれが読めるのだから。
[4回]
シャーロック・ホームズ物語は四冊の長篇と五冊の短篇集に述べられている。どの長篇、どの短編を読んでもおもしろい。
短編のベストとしてよくあげられのは、短篇集「シャーロック・ホームズの冒険」に収められている「赤髪組合」「唇の捩れた男」「まだらの紐」などである。これらの小説の中には、不思議な事件や謎があり、時にスリルやサスペンスがあり、時にアクションがある。そして、あっと驚く結末が待っていて、論理的な解明で結ばれる。また、探偵役のホームズと助手役のワトソンの組み合わせが、絶妙なコンビになっている。
もしこの三つの短編を読んで気に入ったならば、もうホームズフアンになっているに違いない。毎日寝る前の一時間をホームズ物語タイムとすると、短編だけでも56夜楽しめる。長篇は一冊3夜かけて読むとして3夜×4冊=12夜となる。合計68夜の至福の時間が約束されている。
[4回]