感覚的な表現、細々とした描写、気の利いたユーモア、主人公の諜報員としてのプロ意識、秘めたる敢闘心など、チャンドラー流ハードボイルド系スパイ小説はこれ。
主人公の「わたし」は英国情報機関WOOC(P)局員である。生科学者レイヴンの失踪に関わっているらしい情報ブローカーのジェイという人物を探る任務を与えられる。やがて物語の舞台は、ロンドンからレバノンへ、さらにロンドンから太平洋の原爆実験島へと移り、「わたし」は二重スパイの汚名を着せられ逮捕される。そして、ハンガリーに「送還」された先に待っていたものは、拷問にも等しい洗脳の恐怖だった‥‥
「わたし」を罠にはめた本当の裏切り者は誰なのか。孤立無援の「わたし」は、遠い国にある牢獄から生きて戻ってこれるのか。あっと驚くクライマックスが待っている。
ストーリー展開が複雑で紆余曲折しているので、すんなりと頭に入らないところも、チャンドラーのミステリと共通している。
[1回]
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作家のふとした興味から始まって調査が進むにつれて徐々に浮かび上がってくる国際的犯罪者の肖像を鮮やかに描いた、イギリスのリアリズム系スパイ小説はこれ。
イギリスの推理作家ラティマーは、旅行中のイスタンブールで秘密警察長官のハキ大佐と知り合いになる。そして、ディミトリオスという犯罪者について話を聞く。その犯罪者は、殺人、スパイ行為、麻薬密売、暗殺事件などに関わっていた。昨日、彼はナイフで腹を刺され海に投げ込まれたらしい。死体となって海面に浮いているのが見つかったのだった。ラティマーはこの犯罪者に興味を覚えて、彼の関わった過去の犯罪を調べていった。すると、自分以外にもこの男を調べている者がいるらしいことが分かってきた‥‥
巧みな話術にのせられて読み進むうちに、一癖も二癖もあるような者たちが登場してくる。作家ラティマーが会って話を聞くと、ディミトリオスの姿が少しずつ恐怖を伴って現れてくる。
[1回]
強盗・レイプ犯として逮捕された多重人格の人間の真実を追究したノンフィクションはこれ。
大学のキャンパスで連続して起きた強盗・レイプ事件の犯人が逮捕される。弁護士は犯人ビリー・ミリガンに精神鑑定を受けさせることにした。ミリガンに面会した心理学者は多重人格の疑いをもつ。そこで、被告人ミリガンは、世に尊敬されている精神科医のいる病院で診断されることになる。7ヶ月間に亘る治療・診断の結果、ビリーには10人の人格が存在することが分かった。さらに、精神衛生センターにおける治療・診断が進むと、新たな人格が出てきて、ついに<教師>(23の別人格を全統合した人格)が姿を現す‥‥
<教師>の出現までが第1部である。第2部では、23の人格がいかに生まれ、いかに生き続け、強盗・レイプ事件に至ったのかが物語られる。ビリーにとって破壊的だったのは、8~9歳の時に継父から受けた性的虐待だった。第2部で作者は表現に工夫を凝らす。一人の人間の中にいる24の人格を、一人ひとりの人間として描き出すという新機軸を打ち出す。
第3部は多重人格者をめぐる裁判、医療、報道、警察、議会、地域の各関係の人々の動きを記録する。未知なるものに遭遇した時に現す社会の人々の反応、対応、行動が病めるアメリカ社会を逆照射する。
この長すぎる作品を最後まで読ませるのは、作者の真実を追究する目や「温かい筆致」とともに、口絵に示されているビリーが描いた絵が不思議に魅了するからである。
[1回]