ベルリンの刑事事件弁護士として活躍する作家が書いた、ミステリというよりは文学的味わいの濃い、犯罪をテーマにした短編集はこれ。
この中に収められている短編「正当防衛」を読んでみる。暴力的な非行少年の二人組みが、人気のない駅の構内で、四十半ばの会社員風の男にからんでおどしをかけ、エスカレートしてくる。一人はナイフで男の手や胸を傷つけ、もう一人は金属バットで殴りかかろうとする。男のすばやい動き、一瞬の出来事のあとに、二人ともホームに倒れて横たわり死んでしまう。男はベンチに座ってタバコに火をつけ、逮捕されるのを待っていた。警察の取調べに対して、男は完全な黙秘を続け、身元の調査では何一つ明らかにならなかった。駅のビデオカメラには、男の正当防衛を証明する映像が残っていた‥‥
簡潔な事実の描写、省略した経過の説明、すばやい場面転換、効果的な行開け、想像を膨らませる暗示、余韻ある結びかたなどさりげない巧さがにくい。
この本には、11の短編が載っている。どの小説も、犯罪という切り口から人生や社会の一断面が鮮やかに見えてくる仕掛けになっている。
[1回]
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ミステリにしては変った題名(「どうこく」と読む)なので、どんな話か読んでみた。
「彼」(あとで松本という名が分かる)が宗教にのめりこんでいく話と警視庁佐伯捜査一課長が幼女連続殺害事件に取り組む話とが交互に語られる。これらの話が一体どこでどうつながるのかと読み進んでいくと、どうやら犯人側の話と探偵側の話のようだと思えてくる。そして、最後に大きな驚きが待っている‥‥二つをつなぐ「慟哭」の意味も明らかになる。
ミステリを読んで驚きたいと思っている読者向きにぴったりの小説である。ただし、すれっからしのミステリ・ファンは途中で仕掛けが分かってしまうかもしれない。
[1回]
結婚して間もなく失踪した夫を尋ね歩く若い妻を主人公にしたロマンチック・サスペンスとして評価の高い推理小説はこれ。
主人公の禎子は、新婚家庭のある東京から金沢に行き、夫が勤めていた会社や失踪に関係のありそうな所を聞いてまわる。前半の圧巻は、禎子が一人で身元不詳の自殺死体を確かめるため、能登半島にある高浜の警察分署を尋ねたところである。死体写真を見て夫でないことを確認して警察分署を出た禎子は、近くの断崖のある海岸に向かう。荒涼とした海を見ながら寒い風をうけ断崖にたたずむ禎子は、「夫の死がこの海の中にあるような気がして」空しく涙を流すのだった‥‥
昭和三十年代前半を時代背景に、現実感のある登場人物や社会性のある犯罪動機が巧みに描かれている。少しずつ夫の失踪の謎が明らかにされていくスリルとサスペンス、主人公の空しい心情を北陸の暗鬱な情景に重ねて映し出す文学性など、読者を魅了してやまない。本格ミステリとしてみれば難点が幾つか挙げられるものの、それを補って余りある小説となっている。
[1回]