結婚して間もなく失踪した夫を尋ね歩く若い妻を主人公にしたロマンチック・サスペンスとして評価の高い推理小説はこれ。
主人公の禎子は、新婚家庭のある東京から金沢に行き、夫が勤めていた会社や失踪に関係のありそうな所を聞いてまわる。前半の圧巻は、禎子が一人で身元不詳の自殺死体を確かめるため、能登半島にある高浜の警察分署を尋ねたところである。死体写真を見て夫でないことを確認して警察分署を出た禎子は、近くの断崖のある海岸に向かう。荒涼とした海を見ながら寒い風をうけ断崖にたたずむ禎子は、「夫の死がこの海の中にあるような気がして」空しく涙を流すのだった‥‥
昭和三十年代前半を時代背景に、現実感のある登場人物や社会性のある犯罪動機が巧みに描かれている。少しずつ夫の失踪の謎が明らかにされていくスリルとサスペンス、主人公の空しい心情を北陸の暗鬱な情景に重ねて映し出す文学性など、読者を魅了してやまない。本格ミステリとしてみれば難点が幾つか挙げられるものの、それを補って余りある小説となっている。
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