ハメット、チャンドラーとくると、どうしてもロス・マクドナルドを取り上げたくなる。この作家は、初期の作品は、チャンドラー流の書き方を学び、その影響を受けていることがうかがえる。亜流の域を超えるのはなかなか難しかった。しかし、中期の作品になると、自分なりの方法を確立し、独自の境地を開いた。さらに、後期の作品では、その方法に円熟味が増したが、探偵の個性は失われ、テーマや手法がマンネリ化し行き詰まってきた。
主人公のリュウ・アーチャーは、1940年代後半から70年代のロスアンゼルスの街で私立探偵を営み、誠実に仕事をやり遂げる。
本書の場合は、結婚したばかりの妻がいなくなったので、探してほしいという夫からの依頼で、探偵が捜査を始める。関係者に会いに行って質問し、事実を集めていく。やがて殺人事件が起こり、新たな謎が生まれる。次第に事件の裏に秘められた複雑な人間関係が浮かび上がってくる。そして奇妙でグロテスクな真相が解明される。
この作品は、本格ミステリの味わいのある私立探偵小説となった。ちなみに、「本格ミステリーを語ろう!」(原書房)の巻末にある「路標的海外名作推理小説一覧」を見ると、ハードボイルド探偵小説で挙げられてあるのは、ロス・マクドナルドの「ウィチャリー家の女」と本書だけである。
[3回]
PR
ダイバーシティ東京プラザにホノルルコーヒーの日本第1号店がオープンしました。
ハワイで人気のコーヒーチェーンがついに日本上陸です。
[1回]
ハードボイルド・ミステリにおいて、ダシール・ハメットと並んで人気をほこるのはレイモンド・チャンドラーである。チャンドラーの小説の魅力は何かといったら、まず挙げなければならないのは、フィリップ・マーロウという探偵像である。主人公は、1930年代~50年代のロスアンゼルスの街で働き生きていく中年の私立探偵である。彼は何とか探偵家業を営めるほど有能であるが、どちらかといえば生活は貧しい。しかし誇り高くロマンチックで正義感が強い男である。
次に挙げなくてならないのは、主人公が心の中でつぶやいたり会話の中で口から飛び出したりする洒落た科白やウイットに富んだ言葉である。
(引用文)
「この八年間、俺はどこにいたと思う?」
「蝶々をつかまえていたのかね?」
彼はバナナのような人さし指で胸をたたいた。「監獄だよ。俺はマロイてんだ。」 (清水俊二訳)
第三に、ストーリイの展開である。謎解きは二の次、話は現実的な探偵調査の過程を中心に進む。ジグザグに複雑な様相を呈しながら、全体的なストーリーの構造はなかなか見えてこない。そして、最後にやっと現れた真相とそれにまつわる物語である。本書の場合は、犯罪をものともしない大鹿マロイと、秘められた過去のある悪女ヴェルマとが出会うとき、一途な思いの悲しい物語が浮かび上がる。作者は、このヴェルマに対する主人公の感傷的な追悼でこの物語を結ぶ。この余韻は忘れがたい印象を残す。
老年になって再読してみると、ロマンチックな物語にリアリテイをもたせる作家のなみなみならぬ工夫と手法に感心したが、若いころにおいしく酔いしれたチャンドラー流の名科白や気取った表現は、二度目になると、二日酔いの気分に襲われ、やや鼻白む思いがしたのは少し残念である。
[3回]