ポーから始まった探偵小説は、ドイルからクリスティ、ダインを経て、クイーン、カーまで行くと、パズル・ミステリが究極の形まで進んだ。しかし、謎解きのおもしろさと物語のおもしろさを両立させるのは至難の技である。本格ミステリの場合、謎解きが第一になり、物語は二の次になってしまいがちだ。しかも、謎解きも大方出尽くしてしまうと、当然ながら行き詰まってしまう。
作者がそれを解決するには、探偵物語のおもしろさを主にし、物語の中に謎解きを生かすようにすることである。たとえば、探偵捜査の過程を物語として描き、その物語がすなわち犯罪の真相を暴く謎解きというような作品である。主役の探偵が私立探偵の場合もあれば、警察官の場合もある。また、警察署の複数の人間あるいは多くの人間が主役になる場合もある。
本書では、地方の警察署においてフォード署長とキャメロン巡査部長たちが力を合わせて、パーカー・カレッジの女子学生ミッチェルが失踪するという事件の解決に奮闘する。捜査の過程を詳しく書き、細部の描写を多用し、物語にリアリテイを与えている。
また、彼女は誰にも見られないでどのようにしていなくなったのかという謎から、彼女はどうして殺されたのかという謎へ、そして、彼女を殺したのは誰かという謎へと推移させていく。捜査の物語の中に謎解きのおもしろさを自然にはめ込み生かしている。
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ありそうもない不可能犯罪のトリックが明らかにされ、考えもつかなかった真犯人があばかれた時、「え、本当にそうなの?」ともう一度読み返したくなるミステリはこれ。
この小説では、密室の殺人にかかわる二つの問題が提出される。学者の書斎の問題とカリオストロ街の問題である。「二つの殺人が犯されたが、まるで殺人犯の姿が見えなかったばかりでなく、空気よりも軽いといったふうなのだ。証拠の事実によれば、この人物は第一の犠牲者を殺してから、文字通り消え失せてしまった。さらにまた証拠の事実によれば、犯人は第二の犠牲者を、両端に目撃者のいる、人っ子一人いない通りの真中で殺害した。しかも、だれ一人として犯人を見かけておらず、雪の上に足跡一つ残っていなかったのである。」(三田村裕訳 早川書房)と作者は1ページ目で不可能犯罪を要約し、話が始まるのである。
ジョン・ディクスン・カーのミステリでは、本書とともに「火刑法廷」「曲がった蝶番」「ユダの窓」「皇帝のかぎ煙草入れ」などが本格ミステリイのマニアに高く評価されている。これらは再読したくなり、二度楽しめること間違いなし。
なお、この5冊とも未読の人は、老婆心ながら、まず最初に、比較的ストリーが分かりやすく、トリックがすっきりしている「皇帝のかぎ煙草入れ」から読むようにお勧めする。
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