難解の第三は正木博士の残した書類(作品全体の47%の部分)の内容である。この書類篇は大幅にカットして簡略にしたほうが、探偵小説としてはより完成度が高かったと思われる。
パンフレット「キチガイ地獄外道祭文」では、アホダラ教に託して、精神病者虐待の実情を訴え、精神病医や精神病院を告発し、新しい病院での解放治療を提案している。
脳髄論「脳髄は物を考えるところに非ず」では、脳髄は全身細胞の電話交換局のようなものであるという考えを説いている。この脳髄論について仁賀克雄は「‥‥総ての権利と働きを細胞(人民)のものとし、頭脳(支配者)は単なる各細胞の意思の取次伝達機関としたのである。これは天皇機関説に通ずる論文であり、当時(昭和十年)としては革命的なものであった。」と評している。
論文「胎児の夢」では、「自分を生んだ両親の心理生活を初めとして、先祖代々のさまざまの習慣とか、心理の集積とかいうものが、どうして胎児に伝わって来たか」という「心理遺伝」について説明している。
解放治療、脳髄論、心理遺伝などの考えは、当時において革新的、根本的であり見ようによっては危険なものでもあった。作者は探偵小説を装うことで、自らの論を展開した。作者は創意に満ちた探偵小説を書き上げるとともに、当時の社会を批判する思想を語り世に問いたかったのである。
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