繊細で幼い心がつむぎだす感情をこれほど自然に描き出すのは、作者が子どもの心に寄り添いながら、大人の目で情況をとらえているところにある。
隣のお恵ちゃんとの思い出はいろいろな遊びの様子や二人のやりとり、その時の気持ちなど、目に見えるよう耳に聞こえるようで、生き生きと描かれている。圧巻は、引越しして遠くへ行ってしまうお恵ちゃんとの別れの場面で、好きな女の子に対する「やるせなく」「情けない」子ども心を鮮やかに描写している。あいさつに来たお恵ちゃんに対して、「急にわけのわからない恥ずかしさがこみあげてうじうじと襖のかげにかくれていた。」お恵ちゃんが行ってしまうと私は「ひとり机のまえにすわってなぜあわなかったろう、とかいのない涙にくれて」しまうのである。
九歳のころまでの前篇に対して、十七歳のころまでの後篇は、終わりのほうで、京都から来た美しい「姉様」という女性が登場する。短い間ではあるが、「私」とのちょっとしたふれあいがあり、やがて京都へ帰っていく別れの場面になる。姉様に「さようならごきげんよう」と声をかけられたのに、「なぜか私は聞こえないふりをしていた。」そして姉様が行ってしまうと「どうしてひと言あいさつしなかったのだろう」と涙を流すのだった。
前篇における少年の微妙な心に対して、後篇における青年の感情の幼稚さは、やや興ざめがしてしまうのが残念である。
[4回]
PR
お探し物がありましたら、こちらからどうぞ