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薔薇の名前  ウンベルト・エーコ(その3)

この小説全体を通して特徴的なことは、衒学的な知識を過剰にちりばめていることである。物語の背景となる中世の時代における修道院の生活や宗教、文化や思想を理解する上で必要なところもあれば、多すぎて物語のテンポを遅らせているところもある。小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」ほどではないが。
 知識や認識について、事実、仮説、推理、事実相互の関連、可能な事態の想像、媒概念などについて言い及んでいる。「真の学問は、まさに記号である観念で満足してはならず、個々の真相のうちに捉え返さねばならない」とか「書物というのは信じるためにではなく、検討されるべき対象として、つねに書かれるのだ」とか「迷宮の謎を解くときには、その中にいるよりも外に出たほうがよい」とかウイリアムはその時々に語る。作者の記号論学者としての顔が現れてくる。
 また、ウイリアムは第1日で「この世界に何らかの秩序があることに心の慰めを感じたいと願っている」と語るが、事件の終局に至る第7日では、「本来ならばこの宇宙に秩序など存在しないと思いしるべきだった」という無神論的な感慨に至ってしまう。このような、作品のいたるところに飾られた博識な知識や深い思想を楽しめるか否かに、この小説の成否の一端がかかっていると言ってもよい。
 007のショーン・コネリー主演の映画は、ミステリとしてみた時に、小説よりおもしろかった。小説にあった過剰な観念の遊びを省略して、物語にスリルとサスペンスを生かしたからである。また、物語の舞台となる中世の修道院をスペクタクルに見せるのに成功したからである。

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