「百物語」は明治29年作者35歳の時に体験したことを素材に、明治44年作者50歳の時に創作した小説である。
この作品には実在の人物が実名で出てくる。漢学者の依田学海、翻訳家の長田秋濤、小説家の尾崎紅葉などである。また、百物語の主催者「飾磨屋」のモデルが今紀文と称された写真師の鹿島清兵衛、東京で最も美しい芸者「太郎」のモデルが新橋の玉の家の名妓初代ぽんたである。
ストーリーの流れは、「僕」の百物語の催しへの関心から始まって、その主催者の「飾磨屋」へ移っていく。そして、「飾磨屋」を「僕」と同じ傍観者であると認め、親しみを感じる。さらに、「飾磨屋」に付き添う「太郎」は病人に付き添う看護婦のように思え、その自己犠牲の姿に驚くのである。
このストーリーの流れは、長篇史伝「渋江抽斎」に受け継がれている。すなわち、昔の人についての小さな疑問から始まった関心が、渋江抽斎へと向かっていく。抽斎は医者であり、官吏であり、考証家であった。また、哲学や歴史、文芸の署を読んだ。彼は鷗外と同じ道を歩いた人で、親愛し畏敬すべき人であった。さらに、その妻の五百は夫の抽斎に献身的に尽くし、武士の妻として、また一人の女性として見事な生き方を示した。その姿に鴎外は古今を通して変らぬ望ましい女性像を見出したのである。
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