私立探偵小説の形式を借りて、迷路を潜めた都会の中で失踪人を探す探偵が失踪してしまうという話を、ブラックユーモアで描いた小説はこれ。
大燃商事販売拡張課長の根室洋が、職場を捨て妻を残して失踪した。T興信所の調査員「ぼく」が関係者に会って話を聞くが、手がかりが少なく調査はなかなか進まない。依頼人の妻はあいまいな応答でらちが明かない。妻の弟はどういうわけか「ぼく」の行く先々に顔を出す。彼はどこかの組の者のようで、工事現場の従業員を相手に何か商売をしているらしい。一方、大燃商事の若い社員田代は、失踪人がヌード写真の趣味をもっていた、後でその写真を見せると話す。さらに、手がかりのマッチ箱からコーヒー店を調べてみると、この店で得体の知れぬ集まりがあるようなのであった。
いわくありげな人物が次々に登場し、いわくありげな話や手がかりを残していくが、失踪に結びつくものはほとんどない。調査員は苛立ち焦り、途方にくれ、自分を見失っていく‥‥
調査員の「ぼく」が紆余曲折を経て失踪にいたるまでを描くため、作者はさまざまな技法を実験的に駆使する。登場人物の意味ありげで不可解な行動、無意味に引き伸ばされる会話、事物の細部への執拗なこだわり、物をたくさん羅列する描写、前後する筋の転換、入り混じる幻想と現実、笑いを誘う奇妙な論理など、主人公の不安や恐怖、孤独や狂気を内側からじっくりと浮かび上がらせる。
[1回]
PR
お探し物がありましたら、こちらからどうぞ