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渋江抽斎  森鷗外(その1)

江戸時代後期から明治、大正時代にわたる、一人の武士の人生とその家族や師先輩、友人知人の行く末までを記述した史伝「渋江抽斎」は鷗外文学の第一傑作にあげられている。
 史伝と言っても、小説的なエピソードや印象深く描かれた場面が随所に見られる。史伝的手法によって記述された小説といってもよい。たとえば、抽斎が体調を悪くして亡くなるまで8月22日から29日までの簡潔な経過の記録。抽斎の二男の優善は行状が悪く改まらないので、彼を入れる座敷牢が造られたが、大政の大地震でその牢に入るのを免れた話。伝記的な事実の列挙の合間に、小説的感興を催す逸話が次々と現れる。中でも抽斎四番目の妻五百(いお)の話は颯爽としていて小気味よい。たとえば、風呂から上がり腰巻一つで座敷に現れ、熱湯の小桶と懐剣で、賊に取り囲まれた夫を護った話。料理屋で刀を抜いて威嚇してくる男に、「なに、この騙り奴が」と叫んで懐剣を抜いて追い払った話など。
 この逸話満載の史伝は一年間にわたるNHKの大河歴史ドラマに格好の素材である。あるいは、抽斎の妻五百の生涯を中心にした大河伝記ドラマにして、古くて新しい普遍的な女性像を描き出すことも魅力的な企画である。

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