松本清張の初期短編の中から選んで現代小説(一)(二)、歴史小説(三)(四)、推理小説(五)(六)の六巻に分けて編んだ傑作短編集(新潮文庫)はこれ。
現代小説(一)(二)の中で作者の思想がよく表われた作品といえば、やはり『或る「小倉日記」伝』であろう。主人公の田上耕作は、痴呆のような風貌をした肢体に不自由のある男である。母子二人の貧しい暮らしで、仕事にも就けず社会的に恵まれなかった。その彼が、小倉時代の森鴎外の事跡を調べることに生きがいを見出す。一生懸命取り組んでいる耕作の姿に、作者自身の恵まれなかった境遇や社会的に報われないかもしれない創作活動を重ねて、共感をもって描いている。
作者はこの作品で芥川賞をもらっている。この小説について、坂口安吾の「感想」にはこうある。「‥‥文章甚だ老練、また正確で、静かでもある。一見平板の如くででありながら造形力逞しく底に奔放達意の自在を秘めた文章力であって、小倉日記の追跡だからこのように静寂で感傷的だけれども、この文章は実は殺人犯人をも追跡しうる自在な力があり、その時はまたこれと趣きが変りながらも同じように達意巧者に行き届いた仕上げのできる作者であると思った。」さすが安吾というべきか。その後の、推理小説界における清張の活躍を予見している。
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