意地っ張りの家来が自分を信頼しない大殿に対して秘かな仕返しを企てる話を、ミステリー的な手法で描く歴史小説の短編はこれ。
殿様の物詣に往った帰りに、小姓たちの中で「沼の向こうにいる鷺を鉄砲で撃てるだろうか」という話になった。若い小姓の佐橋甚五郎が「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいたのを聞きとがめて、蜂谷という小姓が「今ここに持っている物をなんでも賭けよう」と言う。甚五郎が撃つと見事に鷺に命中した。翌日に事件が起きた。「小姓蜂谷が体中にきずもないのに死んでいて甚五郎の行方が知れなくなっていたのである。」そして「蜂谷の金熨斗附きの大小の代りに、甚五郎の物らしい大小が置いてある」一体何が起こったのか‥‥
鷗外の残した作品の中で、武士の意地をテーマにした歴史小説は、「阿部一族」が有名であるが、物語のスケールが大きく、ミステリーの味わいのある「佐橋甚五郎」も一読忘れがたい作品となっている。明治現代小説と同じように、歴史小説においても新しい文学の形式や内容を模索し試行していたところが見て取れる。この試みがさらに続けられやがて「渋江抽斎」などの史伝ものに進んでいくのである。
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