この小説の終わりも見てみよう。主人公は健康的で母性的な女性サリーを好きになる。恋をしているのではなく結婚を考えているわけでもないが、サリーの妊娠をきっかけに結婚を決意する。プロポーズをしようとしていた待ち合わせで、妊娠が誤解だったことが分かる。そこで、もう一度結婚を決意した真意を振り返る。すると、自分の本当に望んでいたものは、恋愛や冒険、世界旅行などではなく、妻や子供に囲まれた家庭であり、幸せな暮らしであることを悟る。フィリップは「僕と結婚してくれないか」と申し込み、サリーは「あなたさえよければ」と答える。ミルドレッドとの不幸な恋愛関係を乗り越えて、家庭的なサリーとの結婚を決意するところで終わる。
作者は、どちらかと言えば苦しみや悲しみ、悩みの多かったこの長い物語をハッピーエンドにし、後味よく終わらせたかったのである。
最後の場面の文章を書き出してみよう。
「ぼく、とても幸せだ」
「あたしはお昼が食べたいわ」
「おや、おや!」
彼はにっこりして彼女の手を取ってしっかりにぎった。二人は立ち上がり、国立美術館を出た。階段を下りる途中、欄干の所で立ち止まり、トラファルガー・スクエアを眺めた。馬車や乗合馬車がせわしなく行きかい、群集が、思い思いの方向に向かって急ぎ足で歩いていた。空には太陽がさんさんと輝いていた。(行方昭夫訳:岩波文庫)
通俗や平凡を厭わないモームの軽妙な語り口に酔い,すっかり魅せられてしまうのである。
[3回]
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