危険な思想を探偵小説で装い、不条理で怪奇な幻魔術をほどこした迷宮小説はこれ。
主人公の「私」は病院の一室で眠りから覚める。過去の記憶がすっかり喪失している。そこに九州帝国大学法医学教授の若林博士が来ていろいろ説明し、「自分を思い出すための治療」をほどこしていると言う。そして、「私」の記憶の回復が、新しい研究の例証になり、また不可思議な犯罪事件の解明にもつながると話す。それから、自分の過去を思い出すために関係者(狂っている美少女)や参考となる品物、書き物などを見せられる。
そこから分かってきたことは、呉一郎という青年の起こした事件である。彼は二年前に母親を殺し、今年の四月には許婚の従妹モヨ子を殺したという。はたして「私」が呉一郎なのか‥‥
次に、精神病科主任教授の正木博士が現れて言うには、若林博士と正木博士の間に研究上の競争、対立があり、「私」を実験材料にして精神科学のテーマを追求しているようなのだ。正木博士は、若林博士の策略を話し、彼の言うことを信じてはいけない、自分が真相を教えてやると言う。どちらの話が真実なのか。あるいは‥‥
主人公の「私」は、試行錯誤しながら推理しては打ち消しを繰り返し、最後に真相らしきものにたどり着くが、やがて病院の一室で悪夢に戦きながら眠りの中に沈んでいく。まるで迷宮の中からいつまでも抜け出せないかのように。
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